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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)377号 決定 1985年8月27日

抗告人(債権者)

広瀬完次

相手方(債務者)

岡村裕司

第三債務者

清水市公認上下水道事業協同組合

右代表者代表理事

望月兼吉

右当事者間の静岡地方裁判所昭和六〇年(ル)第一二九号債権強制執行申立事件につき、同裁判所が昭和六〇年五月二五日にした債権差押命令申立却下の決定に対し、執行抗告の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取り消す。

抗告人(債権者)の申立てにより、別紙請求債権目録記載の請求債権の弁済に充てるため、同請求債権目録記載の執行力のある債務名義(執行証書)の正本に基づき、相手方(債務者)が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権を差し押える。

相手方(債務者)は、前項により差し押えられた債権について取立てその他の処分をしてはならない。

第三債務者は、第一項により差し押えられた債権について相手方(債務者)に対し弁済をしてはならない。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状記載のとおりである。

二当裁判所の判断は、次のとおりである。

1  一件記録によれば、抗告人(債権者)は、別紙請求債権目録記載の請求債権の弁済に充てるため、同請求債権目録記載の執行力のある債務名義(執行証書―以下、本件公正証書という。)(二通)の正本に基づき、相手方(債務者)の第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権の差押命令を申し立てたところ、静岡地方裁判所は昭和六〇年五月二五日、本件公正証書にはいずれも「金銭の一定額の支払いを目的とする請求(給付条項)が記載されていない。よつて本件申立につき民事執行法第二二条五号に定める債務名義の提出がない」との理由で右申立てを却下したこと、そこで右却下決定に対し執行抗告を申し立てたのが本件であるが、これに対する同裁判所の意見は「本件公正証書(二通)の各第六条には『岡村裕司は乙の連帯保証人となり本契約上一切の債務についてその履行の責に任ずるものとする。』と記載してあるが、上記記載は、連帯保証契約とその履行責任の確認を示しているにとどまりそれ自体として給付条項を示しているとは解し難い。給付条項といえるためには、例えば『岡村裕司は乙の債務を連帯保証し、○○項の金員を乙と連帯して支払う。』と明確に記載すべきものである。ただし、公正証書に上記第六条の如き記載がある場合であつても、同公正証書中の他の条項において、例えば、主債務者が債権者に対し○月○日限り金○万円を支払う旨、明確に記載してある場合は、その条項と照らしあわせて、債権者と連帯保証人との間においても給付条項が記載されていると認める余地はある。しかし、本件公正証書(二通)にはいずれも債権者が差押請求債権とする元金に関しては第二条に、遅滞損害金に関しては第四条に記載してあるが、第二条は元金支払日を、第四条は遅滞損害金の割合を定めたにとどまつているのであり、公正証書(二通)中には上記元金及び遅滞損害金に関し、主債務者の債権者に対する給付条項が明記されていない。従つて上記第六条の記載は他の条項と照らしあわせても、これをもつて連帯保証人の債権者に対する給付条項を定めたものとはいえない。」というにあること、本件公正証書(二通)にはいずれも第六条として前記のような記載があるほか、第一条には「昭和五拾九年拾月参拾日債権者広瀬完次(以下甲という)は金五拾万円也を債務者岡村陽子(以下乙という)に貸渡し乙は同日これを受取り借用した。」、第二条には「元金の弁済期日は昭和五拾九年拾弐月弐拾日とする。」、第三条には「利息は年壱割八分とし元金弁済期日に支払うものとする。」、第四条には「遅滞損害金は年参割六分とする。」、第五条には「乙は左の場合には当然期限の利益を失い債務全額を即時弁済するものとする。一、乙が仮差押、仮処分若しくは強制執行をうけ又は競売、破産を申立てられたとき」とあり、さらに第七条には執行認諾条項として「乙及び保証人は本金銭債務を支払わないときは直ちに強制執行を受けても異議がないことを認諾した。」との記載があること、以上の各事実が明らかである。

2  そこで検討するに、民事執行法二二条五号は、「金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの」すなわち執行証書により強制執行をすることができることを規定している。これによれば、金銭の一定額の支払等を目的とする請求権(以下、金銭等給付請求権という。)が記載されており、かつ執行認諾条項があれば、執行証書として必要かつ十分なものであると解される。本件公正証書には執行認諾条項があることは前述のとおりであるから、問題は本件公正証書に抗告人の相手方に対する金銭等給付請求権の記載があるかどうかであるが、前記各条項を総合的に考察すれば、これを積極に解するのが相当である。けだし、第一条ないし第五条によれば、一定金額の元本とその弁済期及び一定割合の利息と遅延損害金の各支払の記載があつて、抗告人の主債務者岡村陽子に対する金銭請求権の存在することが表示されており、これを前提として第六条には相手方は抗告人に対し右岡村陽子の連帯保証人としてその前記債務を履行する責に任ずる旨の記載があつて、抗告人の相手方に対する特定の金銭請求権が表示されているからである。そして第七条の執行認諾条項の対象とされているのが相手方に関しては右連帯保証契約上の債務にほかならないことについては一点の疑問を挾む余地もない。原審意見書のいうように「岡村裕司は乙の債務を連帯保証し、○○項の金員を乙と連帯して支払う。」と記載することは、金銭請求権を表示する方法として万全ではあるが、要はその存在が一義的客観的に明確にされていればよいのであつて、必ずしも常にそのような文言で表現しなければならないものではない。念のために付言すれば、裁判上の和解調書や調停調書の条項においては、ときとして金銭等給付請求権の存在を確認しながら、当事者間の人的信頼関係保持等の観点から、これを強制執行にかかわらせず債務者の任意履行に委ねるべきものとする場合が存在し、条項中に表示された請求権について確定した給付判決と同一の執行力が生ずるかどうかは当該条項の記載内容自体によつて決せられることになるのであるから、これら調書については、強制執行にかかわらせない任意履行の意味の確認条項であるのか、そうではなく強制執行を予定する給付条項であるのかをその条項自体で区別する必要が生じ、後者とする以上は「連帯保証し」、かつ「連帯して支払う。」と表現する方が少なくともより適切であるということができよう。しかし、本件のような執行認諾条項付公正証書にあつては、執行認諾条項の目的たる債務であるかどうかについて疑義を生じない限り、請求権の表示のほかに特に給付を約諾する旨の文言の記載あることを要しないものというべきである。

三以上の次第で、本件公正証書に基づき前記差押債権目録記載の債権の差押えを求める本件申立は相当であるから、これを却下した原決定を取り消したうえ右債権を差し押えることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官鈴木重信 裁判官加茂紀久男 裁判官梶村太市)

請求債権目録

金一、一六七、八二四円也

但し下記一、二、三、四、五の合計金

一、金五〇万円也

但し債権者広瀬完次主債務者申請外岡村陽子(本件債務者はその連帯保証人)間の静岡地方法務局所属公証人宇佐美初男作成昭和六〇年第二七号金員貸借契約公正証書にもとづく保証債務履行請求債権

二、金七五、九二二円

上記一、の金五〇万円に対する昭和五九年一二月二一日から昭和六〇年五月二三日まで利息制限法所定の制限内の年三割六分の割合による損害金

三、金五〇万円也

但し債権者広瀬完次主債務者申請外岡村陽子(本件債務者はその連帯保証人)間の静岡地方法務局所属公証人宇佐美初男作成昭和六〇年第二八号金員貸借契約公正証書にもとづく保証債務履行請求債権

四、金七五、九二二円

上記三、の五〇万円に対する昭和五九年一二月二一日から昭和六〇年五月二三日まで利息制限法所定の制限内の年三割六分の割合による損害金

五、金一五、九八〇円

イ、公正証書作成に要した費用 八、〇〇〇円

ロ、本申立書貼用印紙代 三、〇〇〇円

ハ、本差押命令送達料 一、七八〇円

ニ、公正証書送達手数料 一、二〇〇円

ホ、執行文付与手数料 二、〇〇〇円

差押債権目録

金一、一六七、八二四円也

但し債務者が清水市西高町一一番八号所在の第三債務者清水市公認上下水道事業協同組合に出資(出資証券一口、五万円三五口、合計一七五万円)した持分の払もどし請求権のうち頭書金額に満つるまで。

執行抗告状

抗告人 広瀬完次

静岡地方裁判所昭和六〇年(ル)第一二九号債権差押命令申立事件につき同地方裁判所が昭和六〇年五月二五日に決定した債権差押命令の申立却下決定に対し執行抗告をする。

抗告の趣旨

原決定を取消し、原申立を認容する旨の裁判を求める。

抗告の理由

原決定は本件債務名義として添付した静岡地方法務局所属公証人宇佐美初男作成昭和六〇年第二七号金員貸借契約公正証書及び同人作成昭和六〇年第二八号金員貸借契約公正証書には金銭の一定額の支払いを目的とする請求が記載されていないというが本件債務名義には第一条に金五〇万円の借用のことが記載され第二条にはその弁済日が記載されている。弁済日に元金を支払うべきことは理の当然であつて給付条項と解釈すべきであり、公証人もこの意味において執行文を付与しているものである。

原決定は法律の解釈適用を誤つておるので取消されるべきである。

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